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現代DQN的リアルを写す

*立川談笑独演会 国立演芸場 (2008.9.16)



古典落語を現代に置き換えて翻案改作ということがどこまでエンタテイメントとして気の利いたものになるのか、ということには正直疑問がありました。以前の独演会での改作『イラサリマケー』(『居酒屋』の改作)も面白いは面白かったのですが、わざわざ設定をまるまる変えてしまうことの意義がわかるようなわからないような、すっきりしないものも感じていました。立川談笑本人が根から試行錯誤しているのは伝わるし、それは落語というジャンルに対する批評精神でもあるので、姿勢としてはもうすごく評価したい。けれど結果的にクリティカルなパフォーマンスをつくり得ているか、というと、もうひとつうまくできていないのではないか。というようなことを考えておりました。


 で、今回の『シャブ浜』(『芝浜』の改作)です。文字では読んだことがありました。そのときにはやっぱり、上記したような感想だったのです。けれど今日、高座に現出したものは、もうどうにも評価するしかないものでした。

『シャブ浜』では男の職業はトラック運転手に翻案、皮財布(今作ではジュラルミンケースに入った四千万円)拾得は泥酔した上での夢ではなく、シャブ(常用している)を打って見た幻覚だった、と思い込む設定。まず元暴走族と元レディースの夫婦の乱暴なやりとりによって作られる家庭の情景がすばらしい。といっても、別に繰り広げられる夫婦の応酬は美しいものでもなく、目の前にいるのは雑な会話をするほかにコミュニケーションの術を持たない木目の粗い二人(まあ、DQNですよね)の姿なわけですが。
でもこれは、すばらしきストリート的リアルの表現なのです。壁の薄い長屋も大家と店子のあり方も、現在の安アパートのそれとは基本的に違うから、現在古典落語を聴くというのはある程度ファンタジーたらざるをえない。やりとりの可笑しさもシリアスさも、百年は前の話であるというフィルターを通して看取するものになります。
『シャブ浜』で繰り広げられるのは、むきだしの現在的リアル感。これを翻案で表現してみせたことにはとても感心しましたし、これこそ翻案の意味だと思います。かつて文字で読んだときにさほど感心しなかったということは、当然ながら多くを談笑自身の話術と演技力に依っているということでしょう。演劇もそうですが、台本だけ読んで面白さを推し量るのは難しいですね。

聴いていて、「ああ、こいつら二人とも金髪(か、ごく明るい茶髪)だな」とか「小さいアパートでテレビの下らんバラエティ番組とかにだらしなく笑いながら暮らしてるんだろうな」というイメージがありありとわく。そういう雑でDQNな二人の哀切をリアリズムで引っ張ってゆくから、終盤の改心の場面の盛り上がりも強いものになっています。


ここで言い添えておきたいのは、翻案版ストーリーの多少の手入れです。『シャブ浜』ではシャブ中の旦那を妻が断腸の思いで警察に突き出し、旦那はお勤めを終えたのちに更生し働いて貯蓄し、自分がかつて使い込んだ妻の持参金を返しに行く、という話にしています。そこで妻が拾得金を隠していたことを明かし、さらにシャブを旦那の目の前に差し出して、本当にもう誘惑に負けないかを試す。誘惑に打ち勝ってシャブ入り注射器を投げ捨て、「もう夢にするわけにはいかねえ」のサゲに至る。ここまでリアリズムで引っ張ってきたゆえ、単なる改心ではいまひとつ話として説得力に欠けそうなところを、このように話を入り組ませたために自然に聴くことができました。終盤に客席を物音なく張り詰めた空気にさせたのは見事でした。

ただ、妻が拾得金を隠す、という行動は多少腑に落ちないところもあります。もっともこれは『芝浜』という話そのものに付随した問題なのだと思うけれど、妻の一存で金をあのように処置しておくというのは、たとえ旦那を改心させるためという言い訳があっても、どうもそれ自体身勝手な判断、行動であるような気もしてしまうのです。『芝浜』の世界観が現代にとってファンタジーだからこそ疑いなく(と一応いっておくが)飲み込める行動なのかなあと。

その点で言えば、『シャブ浜』における妻の一大行動はお金を隠すことよりもむしろ、大切な旦那を思うゆえに彼を警察に突き出したことの方なのですね。これがあるから彼女の行動は理に適ったものになるのかな。ああ、てことはシャブ中の夫を警察に通報するくだりは談笑のけっこう重要な発明なのですね。


しかし、この旦那、妻が貧苦に耐えかねて身を売るというのでホテルに行くといっても「金が手に入る」と賛成し、妻が持ち帰った金(ほんとは売春してないけど)でまたシャブを買いにいくわけです。で、妻もまたこういう男を断ち切れずに連れ添い、出所したらしたで旦那と再び一緒になる。完全な相互依存ですね。談笑自身もそこには自覚的なようだし、だからこそリアルに今を写し取ることができるのでしょう。今回は談笑の批評性、革新性(言い過ぎかも知れないけど)にきちんと触れることができたかな。


◇演目

・寿限無

・粗忽の釘

  仲入り

・シャブ浜
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