もう安心 

~演劇とアイドルと何かと~

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「面白げ」なキャラクターの成功

*KinKi Kids緊急全国ツアー 『KinKi youコンサート。』 東京ドーム (2008.12.1)


 タレント個々のキャラクターに合わせた、売り出し方の方法論を考える。
 などといってもありがちな言葉を並べているようにしか見えないのですが、ジャニーズのライブを見るたび、その月並みな言葉に対し誠実に対峙することの重要性を思い知ります。
キャラクターの棲み分けは、音楽的特徴やメディア露出における方向性を明確にするということですし、それは直接にどの層の受け手にアピールするかを定めることでもある(これもまたごく当たり前の説明ですが)。


 KinKi Kidsの、「おっさん臭さ」的なものをまとったキャラ提示は、KAT-TUNなどの「今どき」感を敬遠しがちな、主に彼らよりも歳上の受け手層に訴えやすくなっていると思います。あるいは、関西弁による彼らの「面白げ」(面白い、ではない)なトークは、「男子が面白いこと喋ってる」さまに引き寄せられる女性層を取り込んでいるでしょう。

 SMAP以前のジャニーズにここまで「面白げ」なトークを前面に押し出すグループはいなかったのではないでしょうか。これはアイドルのあり方について旧態依然とした定型に拘泥することなく、時代ごとに男子の「格好良さ」を提示できるスタイルを嗅ぎ当てる、ジャニーズというシステムの優秀さでありましょう。KinKi Kidsの台頭する1990年代後半以降、男性アイドルが外見上“能動的”に「笑い」をとる様子を売りにしたテレビ番組(『SMAP×SMAP』『LOVE LOVEあいしてる』など)が定着していった流れにその一端を見ることもできるのではないかと。


 KinKi Kidsのライブは、アイドル「歌手」のライブとしてはトークに割く時間が圧倒的に長いのです。きれいどころが歌をうたう、というアイドル像の定型が完全に解体されているわけではないのですが、KinKi Kidsというアイドルの総合力において、トークが決して従の役割ではないことがはっきり自覚されています。テレビ番組等で広く世に認知させた、彼らの「面白いこと喋ってる」さまを、ライブという特権的な場で増幅して見せているのです。
 二人が立ったままの状態で喋り続けるために多くの時間を割いている分、KAT-TUNのライブに比べれば構成の入り組みは少ないしシンプルなものとなります。けれどそれは演者、スタッフの策が異なるだけの話で、どちらがよりトータルとして精緻である、ということではないでしょう。加えていえば、二人というメンバー数はトークに向いているのですね。他のジャニーズグループ(五~六人)であれば分散してしまう話の流れが、完全なダイアローグにおいては凝集されます。この凝集力ゆえ、「ここはトークを聞く時間」という統一した空気を、客席が自然と共有しやすくなるのです。


 先に、KAT-TUNなどの「今どき」感との対比を少し述べましたが、KinKi Kidsにはアップテンポの曲というのがそれほど多くありません。20代前半くらいの他のジャニーズのグループのようにラップを用いるわけでもないですし(昨今のアイドルはラップの質がすばらしく向上してますよね。桜井くんとか。まあこれはまた別の話ですけれども)。もちろんテンポの速さが即世代差と結びつくわけでもないですが、歳上の受け手層にアピールしやすいテンポや、松本隆、筒美京平らによる楽曲提供が、「今どき」を追うことに抵抗を覚える人々から受け入れられやすいとはいえるでしょう。この意味では、中高年から支持が高いであろう吉田拓郎や坂崎幸之助とKinKi Kidsが親交を持っていること(メディア上でそう提示されていること)も、彼らの方向性設定の上で都合のよい相関を持っています。


 斯様にキャラクターを定めること、さらには「きれいどころ」である以外の特性を明確にすることは、歳を重ねてそれぞれがアイドルであり続けるための、不可欠な施策であります。そういう必然に対して、自覚的に舵を切ることができなかったのがハロー!プロジェクトの「エルダークラブ」なのではないかと思います。

 毎度ジャニーズとハロプロを比較するのも芸がないけれど、ジャニーズのような王国を築こうとしたハロプロの目論見が頓挫した(と一応表現します)理由のひとつに確実にこのことはあるので続けます。

 数年前からハロプロはモーニング娘。、Berryz工房、℃-teなどのグループを「ワンダフルハーツ」、それ以外のモー娘。卒業組やソロ、キャリアの長いグループを「エルダークラブ」という名称で分類しています。あまりに無策なその名称が示すとおり「エルダークラブ」とは、ハロプロ内で「年寄り部」に分類された人たち、ということになります。ある意味では、ギリギリの「処女幻想」を保ち得なくなったハロプロメンバーがこちらに括られている、ともいえるかと。

 つまり、彼女たちはまず「非処女」というキャラ設定(レッテル)で乱暴に括られている、という図があるわけです。女性アイドルの価値を、幻想の上での処女/非処女(幻想の上での)に求めようとする事務所(とファンもかもしれない)の姿勢は、絶望的に不幸な回路を生産し続けているのですが、そのように男性アイドルよりバージン幻想に絡めとられやすいからこそ、個々のアイドルについて、より「きれいどころ」以外の方向性の明確化が必要だったはず。
擬似恋愛対象として「処女幻想」が大きな売りであることは目下の現状として否定はできないにせよ、近い将来、確実に破綻をきたすようなその幻想に寄りかかることしかできないゆえに、破綻後は彼女らに「非処女」のレッテルを貼り、箱庭から排除するという方策(策じゃないけど、そんなもん)が繰り返されてしまうのです。


 メロン記念日のサバイブは奇跡的な経路だったとしても、女性アイドルが「幻想」以後の着実な成長を見せ続けるという、まっとうであるべき道はつくられなければならないでしょう。彼女たちが不可解な「謝罪」を繰り返さなければならないのは、やはり残酷で不条理です。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://katzki.blog65.fc2.com/tb.php/17-a303c9a5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。