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~演劇とアイドルと何かと~

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逆に松竹って(ずるいほどに)すごいよね

*第三回 歌舞伎ルネサンス公演 『萬夜一夜先代萩』 浅草公会堂 (2009.2.10)


「誰でも自由に参加し創造し発表できる歌舞伎」をつくる、というのが、この企画のスタンスであるようです。
より具体的には、まず松竹系の大歌舞伎(歌舞伎座とかで公演される、いわゆる本職の歌舞伎役者たちがやってる歌舞伎)を敵視、というか少なくとも批判対象にしています。門閥の俳優ばかりがやっている、今の時代に合ってない歌舞伎に対し、民衆的で創造的な歌舞伎を取り戻す「ルネサンス」である、と(いや、これは私の見解じゃなくて、この公演の企画者の志向です。念のため)。
しかし、いまや「伝統芸能」というブランドを自覚的に武器にして多様な策を打ち出してみせる松竹歌舞伎を批判するには、それ相応の発想力が必要。カウンターとして立つ側に、松竹と伍するだけのだけのブレーンがあるのか、ということがここではポイントになるでしょう。


公演プログラムやチラシに載せられている企画者の理念を読む限り、彼らのいう「ルネサンス」は残念ながら的を射たものであるようには思えませんでした。要約すれば、

「いまや大きな興行会社(松竹ですね)による歌舞伎だけが生き残った結果、門閥的でお上品な歌舞伎しか存在しなくなり、人々の支持を得るような歌舞伎がなくなった」

といいたいようです。

興行会社に映画製作部門があることを指して、GHQの文化施策の象徴みたいに言い表していたのもどうかとは思うけれども、なにより、生き残った大企業による歌舞伎をつまらないものと想定、消滅したいわゆる小芝居(官許の芝居ではない、いってみればインディーズの集団)の歌舞伎劇団を、大衆の支持を得る「創造力あふれる」ものと想定する発想に無理を感じます。
企画者がいうには、企業による歌舞伎のみが生き残ったことによって「現在の我々は行儀がよく、品格を重んじる歌舞伎しか見ることができなくなってしまったのです。社会を正視し、諷刺した歌舞伎。時代のニーズに合った歌舞伎。自由な競争を勝ち残り大衆の支持を得た歌舞伎を見ることはできません」(公演プログラムより)のだそうです。


「時代のニーズに合った歌舞伎」といいますが、そもそも近代に入って歌舞伎そのものがもう時代に合わないんじゃないのか、と言われ続けてきたわけです。西欧演劇を志向する人々からはいくらでも叩かれてきたし、もう歌舞伎自体消えるんじゃないの?っていう議論は戦後もしばらく続いていたわけで。
それでも政府主導だろうが大企業だろうが、ともかく興行としての歌舞伎を捨てなかった人たちがいて、それで命脈が繋がれたので今日の歌舞伎の隆盛に偶々結びついている、と。小芝居の歌舞伎が消えたのだって、それこそニーズが問われたという側面はあるはずではないでしょうか。

「行儀が良く、品格を重んじる家柄の歌舞伎」という松竹歌舞伎についての説明をもって、それは時代のニーズではない、といいたいのだと思いますが、いや、いま『和楽』とか読んでる人が求めてるのってまさにそういう雰囲気なんじゃないかと。「門閥」という言葉が「封建」ではなく、「伝統」と肯定的に読み替えられがちな現在、その論拠でカウンターを演じるのはいくらか無理があります。


ところで、近世の形式を継承せざるを得ないゆえに、門外漢に届きづらいものになっている、という課題は歌舞伎には常につきまとうものです。形式の継承と格闘しながらも、今日的な提起を歌舞伎の中で具現してゆこうとしている人々は少なくありません。中村勘三郎が串田和美や野田秀樹とともに続けている試行錯誤はまさにそれでしょうし、その中で一定の支持を集めている(それは今日のニーズに「合う」というよりも、もっと能動的に潜在的ニーズを刺激している作業かもしれません)。演出を行なう野田も串田も、何を外したら歌舞伎じゃなくなるのか、どの形式を守ることが必須なのかという、明快な枠組みなどあるはずもない問いの中で、伝統継承と現代的提起力との折り合いをつけようともがいている。伝統芸能として何がしかを「継承」せざるをえないという問題に切実にあたればこそ、その試行錯誤は生じ得るし意味を持つのでしょう。
で、まあ、古典的な歌舞伎とそれに対する上述のようなカウンターと、両方が対峙して活性化する構図を、ひとつの会社が抱える興行の中でやってしまっているところが、松竹のずるいところ、かつ非常にうまいところなわけですが。


そのことでいえば、今回の企画はまず、歌舞伎というフォーマットを使って何をやりたいのかがよくわからないものになっていました。無理のある論を用いてまで門閥歌舞伎を批判し、自身たちが歌舞伎を演じる権利を主張してまで(っていうか、誰も一般人が歌舞伎をやることを禁止してないけど)、歌舞伎にこだわった理由がいまひとつ見えてきません。

演目は『伽羅先代萩』の「御殿」の場、プラスその数十年後を描く「老後の政岡」のふたつですが、基本的には従来の歌舞伎をなぞったもので、演技法も演出もとりたてて新奇というわけではない。「男女の区別なく誰でも自由に参加」させるという理念もあって、朝丘雪路をはじめ女優も登場していますが、特に「女性が歌舞伎に出ている」以上のものではなく、総体として松竹の形式を批判するまでの新しい何かはありません。
「ルネサンス」の理念は声高なのですが、歌舞伎のかたちをなぞったようなものに落ち着いていて、「創造」「ニーズ」「自由な競争」といった彼らの言葉を想起する要素を看取することはできませんでした。むしろ、実践としては歌舞伎を安易な記号性でとらえてしまっているような、そんな気さえします。

当人たちにそんな意識はないと思いますが、歌舞伎俳優が身内にいなくても歌舞伎を企画上演したい、という歌舞伎好きの道楽の実践に、あとから理屈だけ盛り付けたもののようにも見えました。企画者たちが善しとする小芝居の「諷刺」「創造性」を旨とした歌舞伎をつくりたいのであれば、小劇場とか、ちょっと前ならテント小屋とか、そういう空間で始めて支持をつけていく方が、見え方としても良いのではないでしょうか。今日、近世の小芝居に近い環境があるとすればそれは小劇場かもしれないし。


何度も書いていることですが、歌舞伎はアイドルを見にいくものです。今日にあっては、門閥的な家柄さえ、それ特有の魅力を付与させるスパイスになっているわけで、その時代に松竹歌舞伎を否定して、「これが本当の歌舞伎だ」と提示して支持を得るのは容易なことではないでしょう。創造的な芝居を見せたい、というのは正論かもしれませんが、そのための手段としてなぜ歌舞伎にそこまでこだわるのかがわからない。それが「歌舞伎好きの道楽」に見えてしまう一因でもあります。
近世には各地方にも歌舞伎の小芝居があって創造的な芝居をつくっていたから我々はその歌舞伎を取り戻すんだ、という理由付けかもしれませんが、そのころには歌舞伎以外の演劇技法がまだ流入してなかったのだから、今日のように数ある演劇ジャンルの一形態として「歌舞伎」という言葉を指し示すことにも難があるでしょう。


あと、主役に招聘したのが朝丘雪路と林与一って、なんか結局役者の家柄、とはいいませんが、「やんごとない」感じに頼ってるような(林与一って元歌舞伎役者だよね)。言葉で並べ立てる理念(自体も非常に古いが)と、舞台上とがけっこう乖離しているのも印象的といえば印象的。朝丘がカーテンコールで話していたのは、「昔から大好きで見ていた歌舞伎を私がやれて嬉しいー」という、ひとりの歌舞伎好きの素直すぎる告白でした。
そうそう、だからこれは理念が余計なのだ。単に「朝丘雪路・林与一特別公演」と銘打って、内容は歌舞伎をやります、とそれだけの方がすっきりしていいんじゃないでしょうか。そうやって歌舞伎役者じゃない人が、しれっと当たり前に歌舞伎をやってしまう方が、企画者がやりたいのであろう歌舞伎の脱構築になると思います(別にその脱構築を支持するものではありませんが)。
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