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修羅場さえもエンターテインメントなら

*マッスル『マッスルハウス8』 後楽園ホール (2009.5.4)


プロレスへのはっきりとした、時に身も蓋もない批評性を提示すればするほど、彼ら自身のプロレスに対するどうしようもない愛着が顕わになる。しかもエンターテインメントとしての作り込みが浅薄でないから、アウトサイダーまで巻き込める。そういう稀有なスタンスを維持しながら『マッスル』はここまで存在を大きくしてきました(もうちょっと噛み砕いた話は1月の『マッスルハウス7』の項参照)。

それなのに、というかそれゆえにというか、彼らは解消し得ない根源的な悩みを抱えています。ここまで斬新なコンセプトと知性をマット上に提示して支持を獲得してきたはいいが、ではこれから先『マッスル』は何をやっていけばいいのか。何を提示すればいいのか。

「彼ら」といいましたが、ブレーンはマッスル坂井。坂井が悩んで動けなくなれば、マッスルという塊は呼吸をやめてしまいます。今大会の終盤、正味の興行内容があらかた終わったところで、興行への参与の仕方がはっきりしない坂井に対し、総合演出家(という体裁の)鶴見亜門はフラストレーションを隠しません。


亜門: 「(坂井に向かって)どうしたいの?どういうことがやりたいの?『マッスル』で何がしたい?(そもそも『マッスル』を)やりたいのか?」


坂井: 「……やりたいこととか伝えたいこととか、何もない。空っぽです。わかんないんです」


締めのパートを亜門に丸投げしていたらしい坂井に対し、亜門は「もうやめるのか?お前がやめるならそれでいいよ。俺は小劇場で頑張っていくよ」(前も書きましたが亜門の正体は劇団『双数姉妹』の今林久弥)と、今後について問い詰める。坂井は要領を得る返答ができず、目に涙をためている。男色ディーノがこのとき述べたように、「『マッスル』とは坂井である」と、「坂井の周りに自分たちが集まって出来る世界が『マッスル』」なのだ、ということなのです。坂井が止まれば、『マッスル』は止まる。集団自体のこれからについて、ブレイクスルーのないまま修羅場が続きます。台本によって進行する通常の『マッスル』的世界から離れた、彼らの煮詰まった姿を観客は垣間見ることになりました。


しかしながら、そこに至るまでの興行はいつものように緻密であるし、発想力に何ら問題があるわけではないのです。

冒頭のVTRで経済不況を伝え、「スポンサー」の要を説く。パチンコメーカーをスポンサーに、とリング上にパチンコの機械の模型を設置、観客に銀色のカラーボールを投げ入れさせ、モニターにはそれに応じてプロレス技等にからめたリーチが登場するなど、スポンサーへの間違った媚び方で前半終了。登場するパチンコメーカーの名前が「スーパーメガネ」だったり、イメチェンして登場してくる『マッスル』主要メンバーがドラゴンゲート風だったりと、プロレス内部ネタ多めか。
後半は「スポンサーはお客さんである」という話に持ってゆき、「やろうと思っていたアングル」を明かした上で、その先の進行を観客による投票で決めさせる。それに従い選出された選手(趙雲子龍)がその後のアングルに参加してゆく。『クイズ$ミリオネア』や『イロモネア』を踏襲した展開、さらに『スラムドッグ$ミリオネア』を想起させるVTRを絡め、鈴木みのる対メカマミーの戦いを軸にクライマックスを迎える。


これが幾重にも準備を重ねた周到な出来であることは間違いないのです。しかし、客席に居ながら「これだけで終わるのか?」と少々疑問を覚えていたことも事実でした。鋭い知性と批評性を提示し続ける『マッスル』に対し、知らず知らず期待値が上がっているのです。「これだけで」といっても、充分に練られたものであるはずなのに。

この期待値の上昇は、観客だけの感覚ではないようです。その期待値を過剰に意識し、ハードルを上げてしまっているのは、誰よりマッスル坂井その人であるように思います。で、あるからこそ、もう脚本や構成が緻密、というだけでは飽き足りない。

かつてプロレスに対して根源的な批評をしてみせることで支持を得た『マッスル』は、そういう評価が定まった現在、どんな批評をしてみせてくれるのか。そういう周囲の目に対し、マッスル坂井自身の病理を自ら批評してみせたのが前回の『マッスルハウス7』でした。その手すらも使ってしまった上で今回、坂井は本当に着地点を見出せず悩みを悩みのまま会場に運んできたように思います。それが、はじめに記した亜門らのフラストレーションへと繋がってゆくわけです。


確かに、行き詰まっているのかもしれません。とはいえ、行き詰まりから抜け出せない『マッスル』主要メンバーの苛立ちをそのままリング上で見せ、詰問され涙を浮かべる坂井の姿をスクリーンにただ映す、というありようは、図らずも(図っているかもしれませんが)この日いちばんのエンターテインメントになっていました。

送り手の修羅場をエンターテインメントとして見る側に提示する、というのもまたプロレス的なものではありましょう。しかし『マッスル』にとってのそれは、単なる仕掛けとしてのエンターテインメントではなく、彼らの突き当たっているシリアスな問題性に密接に関わっています。自らの煮詰まり、余裕のなさをむき出しにしたある種捨て身の見世物は今回、一応成立しました。『マッスル』の煩悶は決して浅いものではなく、次の一手は容易なものではないはずですが、ラストで観客と入り乱れてカラーボールをぶつけ合った、やけくその明るさに光明を見たい、とは思うのです。
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