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~演劇とアイドルと何かと~

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手間を惜しまないホストは、そりゃあ最強ですよ

*KAT-TUN LIVE TOUR 2008 『QUEEN OF PIRATES』 東京ドーム (2008.8.4)


日本で最も広く世間に届いているアイドルグループが丹念に創意工夫をしてしまったら、それはもう対抗のしようがないんじゃないだろうか。で、彼らがそういう手間を惜しまずファンに御馳走を提供し続けることで、さらに恵まれた環境が整う、という好循環が生じてもいるような。


まず、演劇的なのです。
メンバーによるMCは曲と曲との単なる繋ぎではなく、3時間の上演時間に起伏を持たせパフォーマンスをぶつ切りにしないための潤滑油として使われていて、序盤から終盤までの流れを継続させる役割を担っています。というより、MCも曲も個々人のテクニック披露も、その全体図の構成上からいえばある程度等価の要素として扱われているのかもしれません。彼らの魅力をアピールするための一連のストーリーを編む、ということが明確な目標であって、しかもそのために繰り出す手数が多いから、平板な時間帯をつくる割合が少なくなるわけです。

加えていえば、そのストーリーを場内全体に届かせるためのスクリーンの配置にも注意が払われているし、モニターのスイッチングも肝を押さえていて、ぶっつけ本番ではできないものだと知れます。曲を聴かせればいい、アイドルの姿を見せればいい、のではなくて、彼らを面白く(必ずしも「笑える」という意味ではない)見せるための時間・空間のトータルプロデュースが整っているのです。ここまで世間的認知の広く浸透したアイドル集団が、(主に頭脳的な)手間を惜しまないでエンタメ空間をつくれば、それはもう最強ですよ。

今ツアーのテーマと関連して、海賊(KAT-TUN)が島の宝である懐中時計を手に入れて新たな航海に出る、という公演中における擬似的なストーリーは一応存在します。けれど、このライブの持っている演劇性はそうした表面的なことではなくて、楽曲、MCなど各要素を有機的に連続させて全体の流れを創造するところにあるのでしょう。


とはいえ、そうした周到なストーリーの存在は、KAT-TUN本人たちの芸の弱さをカバーする、という性質のものでは決してありません。そもそも、そうした演劇性を体現するには相当の勘の良さが必要であるし、MCひとつとっても、技術がなければ「周到なストーリー」など体現し得ない。ダンスなど身体技法はもちろんのこと、話術も非常に達者です。ちなみにこの場合、話術が達者というのは別に気の利いた内容を話せるということではありません。重要なのは、気の利いた話しぶりや間のとり方、要は「面白げ」な雰囲気作りができる、ということです。

さらに中丸雄一のボイスパーカッション、田中聖のラップにしても、レベルは高い(こういう「今」っぽさを、ある程度のクオリティをもってスマートに体現するのって、ジャニーズ本当に得意ですよね)。そうした技術は当たり前に兼ね備えてさらりと見せながら、そのうえであくまで「アイドル」としての魅力をメインに据える。ある種の慎ましささえ感じて、格好いいと思います(ひとつ言えば、今年の1月にやはり東京ドームでNEWSのライブを見ましたが、トータルのプロデュースも手数もぐっと乏しかった。これはパフォーマーの技巧の性質によって盛り込める要素が増減する、ということなのでしょうか)。


アイドルを見ると毎度感じることではあるけれど、男性アイドル(というかジャニーズ)が磐石なのは、ホストになれることの強さであると思います。セクシャルなものを公然と匂わせられるかどうか、ということです。赤西仁も田中聖も、中指を小刻みに動かしてみせるあからさまな性的動作をカメラに向かってしていたけれど、それは彼らのチャームにこそなれ、ファンの幻想を壊すことにはなりません。女性アイドル(主にハロプロ)が自らを処女幻想の枠に押し込めて自分の首を絞めているのを見るにつけ(モー娘。ってそもそも処女幻想を抱かれるようなスタンスじゃなかったはずなのに。完全にディレクションを誤ってしまいましたよね)、セクシャルな匂いをあからさまに表出できる男性アイドル(≒ジャニーズ)は「健全」な成長を可能にする環境をうまくつくったなあと思わされます。アイドルにだっていずれ、絶対に童貞じゃない、処女じゃないといわざるを得ない時期がくるわけで。その後もアイドルであり続けられるジャニーズと、急に(なぜか安っぽさを伴った)アダルト枠に流れざるを得ないハロプロ、という現状が、ジャニーズの「ホストになれることの強さ」を如実に物語っています。


もっとも、処女幻想のことに関していえば、根本的にこれは女性アイドルを見る男性の眼差しの問題でもあるでしょう。女性と見るや、処女かヤリマンかの極端な二者に分別する癖のついているアイドルファン、あるいはアイドルの事務所のブレーンがこの閉塞状況をつくっているいちばんの当事者であるはずです。女性の「成長」に対する想像力及び受容力の乏しさは、そう簡単に排しがたい病理として根付いているような。矢口真里が、藤本美貴が、ファンに「謝罪」をしてモー娘。を脱退させられた(というか左遷的な扱いを受けた)ことの理不尽さに、いい加減気づかないといけないと思うのだけれど(あと最近の加護亜依に対する元ファンの冷淡さとか)。
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